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縄文文化

トピックス:中空土偶

国宝「中空土偶」(函館市著保内野遺跡出土)
  • 昭和50年 旧南茅部町尾札部字著保内野の畑から出土
  • 縄文時代後期後半(約3500年前)
  • 高さ41.5cm、幅20.1cm、重さ1,745g
  • 中が空洞に作られることから「中空土偶」に分類される
  • 昭和54年に国の重要文化財に指定され、平成18年の著保内野遺跡の発掘調査を経て、平成19年に北海道初の国宝に指定される
  • 非常に薄づくりで紋様構成も優れていることから、縄文時代における土偶造形の頂点と評価されている

蘇る「カックウ」-縄文の心を世界に発信-

土偶発見当時の現場検証

土偶発見当時の現場検証(文化庁)
右端が発見者の小板アエさん

中空土偶が永い眠りから覚めたのは、今から40年ほど遡る昭和50年8月のこと。
太平洋を眼下に望む南茅部町著保内野(現函館市尾札部町)の畑で、一人の主婦がジャガイモの収穫をしようと鍬をいれたところ、ガチッと何かが当たった。ジャガイモかと思って手で泥を取ると、人間のような目と鼻が出てきたので腰を抜かすほど驚いた。主婦の名は小板アエさん。後に「カックウ」の愛称で親しまれる、国宝「土偶」発見の瞬間である。
教育委員会で調べたところ、掘り出されたものは、縄文時代後期後半(約3500年前)の土偶であることがわかった。中が空洞につくられているので「中空土偶」と呼ばれている。また、背丈が41.5cmと中空土偶のなかでは国内最大で、造形的にも優れていることから、発見から4年経った昭和54年に重要文化財に指定されている。

国宝「中空土偶」

国宝「中空土偶」

発見当初から、「国宝級」との評価があったが、当時の南茅部町では重要文化財を展示する施設を造ることができず、文化庁が主催する海外展以外は、町役場の収入役の金庫室の、さらに金庫の中に桐の箱に収められ、30年以上もひっそりとしていた。そのため、「金庫(禁固)30年」などと陰口を言われることもあった…。
そうしたこともあり、なんとか町の魅力としてPRしていこうと土偶の愛称を公募した。副賞は地元名産の「真昆布」一年分。200件以上の応募があり、選考の結果、出土地である南茅部の「茅」と中空土偶の「空」を融合させた「茅空(カックウ)」に決まった。
この「カックウ」の愛称が一気に広まったのは、発見から32年経った平成19年3月。国宝指定の答申があり、発見者の小板アエさんのインタビュー記事が新聞に掲載された。紙面には「カックウ、出世してよかったな」と心から喜んでいる小板さんの満面の笑顔があった。「重要文化財」から「国宝」になったことを「出世」と表現したのだ。カックウをまるで自分の娘のように大切に思っている気持ちが紙面を通して強烈に伝わってきた。

G8サミットに出席したカックウ

G8サミットに出席したカックウ

国宝に指定された後のカックウの活躍はめざましい。
まずは、平成20年7月に北海道洞爺湖町で開催されたG8サミットに「出席」したことだ。きっかけは、池坊文部科学副大臣(当時)が、市立函館博物館でカックウをご覧になりながら「G8サミットに出席できるといいわね」と、つぶやいたことから始まった。このサミットのテーマの一つが「環境・気候変動」であることから、「自然と共生した縄文人」の代表として相応しいと思われたのだろう。
ここから北海道教育委員会や外務省、文化庁との難しい調整が始まった。一番の課題は、国宝を博物館ではなく、サミット会場のホテルに展示することが保安上大丈夫か?ということだった。
しかし、文化庁の担当官が「サミット期間中、このホテルは日本で一番安全な場所である。」と進言し、展示が決定した。
展示は個別会談が行われる会場の前で、各国の首脳が必ず通る場所である。サミット前日に展示ケースを運び込み、慎重にセッティングを行った。カックウの前には、「日本には、自然と共生しながら一万年以上続いた縄文文化があり、その精神は脈々と現代の日本に流れている」というメッセージを英語とフランス語で表示した。
3日間の日程が終了し、翌朝、搬出のためにメディアセンターから会場のホテルに向かった。すでに撤収作業が始まっており、祭りの後のような雰囲気が会場全体に漂っていた。そのなかで、ライトに照らされたカックウが一人敢然と立っていた。まるで、掲げられたメッセージをカックウ自身が発信し続けているような、その空間だけがまだピンと張り詰めた緊張感があった。私は思わず走り寄り、カックウに話しかけた。「もう終わったよ。ありがとう、ありがとう。」

大英博物館でカックウの研究発表をする海外の研究者

大英博物館でカックウの研究発表をする海外の研究者

G8サミットから休む間もなく、平成21年12月にはイギリス・大英博物館で開催された「The Power of DOGU」に出展された。この特別展は、タイトルに「土偶」をそのまま使ったように、土偶だけを展示するという画期的な企画であったが、2ヶ月の開催期間に12万人もの見学者が訪れる盛況ぶりであった。国際的な土偶の研究発表もあるというので、道内からも土偶ファンがツアーを組んで渡英し、私もカックウに会いに行った。
ご存じの通り、大英博物館では展示品の撮影は基本的にOKである。私もカックウの晴れ舞台を撮影できるかと思い、喜び勇んで会場に向かったが、なんとこの特別展の部屋だけは撮影が禁止だった…。聞くと、日本の方針に従っているとのこと。ちょっとがっかりしたが、気を取り直して会場のなかへ。国宝や重要文化財の蒼々たる土偶たちに囲まれ、カックウも、ちょっと“かしこまった”感じで、いくぶん緊張しているようにも見えた。

こうして、カックウは「縄文文化の大切さ」を伝える親善大使のような役割を果たしてきた。いま、カックウは、函館市縄文文化交流センターのなかで静かに佇んでいる。カックウの部屋は、月の明かりに見立てたライティングで、当時、縄文人が観たであろう情景を再現している。ここにいる時間が、カックウにとっては、自分が生きた縄文時代に帰ることのできるひとときなのだ。
いつかまた、縄文の大切さを伝えに行こう。

函館市縄文文化交流センター

函館市縄文文化交流センター

函館市縄文文化交流センターに展示されたカックウ

函館市縄文文化交流センターに展示されたカックウ

文/元函館市縄文文化交流センター館長 阿部千春

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