北海道の歴史と文化と自然

アイヌ文化

人から人へ、伝えられる〈ことば〉

アイヌ民族が育んできた文化の一つに、さまざまな「口頭文芸」があります。
口頭文芸とは、文字で書かれたものを読むのではなく、語り手の話を聞いて楽しみ味わうことで伝えられてきたものです。文字で書かれた文芸と違って、同じ話でも語り手によって、また同じ語り手でもその場やその時によって、語り方や表現などに、その人その時ならではの味わいが含まれるのも特徴です。

さまざまな口頭文芸

アイヌの口頭文芸には、メロディーを伴って謡うように語るものもあれば、それよりは比較的単調に、話し言葉のようにして語るなど、さまざまな語り方をするものがあります。また物語の内容にもいろいろな種類があります。

現在のところ、アイヌ口頭文芸のうち物語については、一般に大きく3つに区分して説明され、それぞれ、「英雄叙情詩」「神謡」「散文説話」などの呼び方が用いられています。

英雄叙情詩

英雄叙事詩を語る八重九朗さん

英雄叙事詩を語る八重九朗さん(写真提供:札幌テレビ放送)

英雄叙情詩は、ユカ、サコペ、ハウキなどと呼ばれ、短いメロディーを繰り返しながら物語の言葉をのせるようにして語られます。語るときのメロディーは、語り手がそれぞれに独自のものを持っているとされており、他の人から聞いて覚えた物語でもその人が演じるときには自分のメロディーで語ると言われています。また、物語の途中で節回しが変えられる場合もあります。

語り手や聞き手は、木の棒などを持って、座っている近くを叩きながら拍子をとります。聞き手や、ときには語り手自身も、物語の展開に応じて短い掛け声をかけたりします。

一般に長大な物語が多く、語り終えるのに数十分から数時間、あるいはそれ以上かかると言われています。

物語の内容は、空を飛んだり海にもぐったり、土の中を突き進んだりできるような、超人的な力をもつ主人公の少年が、自分の生い立ちや、冒険や恋愛や戦いなどの体験を自ら語る、といったものがこれまでにはよく知られています。

このような物語では、主人公たちの日常の暮らしぶりも描かれますが、例えば主人公の戦いの場面では手に汗を握るようなストーリーのものが多いことも特徴とされています。

いっぽうで、若いときにはいさかいもしたけれど今は仲良く暮らすようになったという夫婦の物語など、必ずしも上に述べたような枠にあてはまらない内容の物語もあります。

神謡

神謡はカムイユカ、オイナなどと呼ばれ、短いメロディーを繰り返しながら物語の言葉をのせるようにして語られます。

それぞれの物語ごとに、おおよそ決まったメロディーがあります。また、語るときには決まった言葉が繰り返し挿入されることが特徴です。その言葉はそれぞれの物語によってだいたい決まっています。例えば、アオバトのカムイ(*)の物語では「ワオリ」、シマフクロウのカムイの物語では「フ フ カト」などの言葉が出てきます。ただし、伝えられてきた地域や語る人が違えば、内容が同じような物語でも挿入される言葉が同じとは限りません。また、これらの言葉は神謡の主人公であるカムイの鳴き声などからきているものが多いという説もありますが、言葉の意味がよくわからない場合もあります。

一つの物語は数分で終わるものもあれば、一時間以上かかるものもあります。

物語の内容は、動物や植物のカムイ、雷やあるいは病気のカムイなどさまざまなカムイが、カムイの世界や人間の世界で体験した身の上を語るものが多くみられます。また、このような物語を通じて、動植物や自然界の出来事などに対する人間の心構えなどが語られるものもあります。

カムイ

知里幸恵編『アイヌ神謡集』

1923年に刊行された知里幸恵編『アイヌ神謡集』(郷土文化社)
北海道立文学館所蔵。神謡13編のローマ字表記のアイヌ語原文と、日本語訳を載せた著作です(写真提供:インテリジェント・リンク)

アイヌの信仰では、あらゆるものに“魂”が宿っており、中でも動植物、火、水、生活道具など人間の生活に関わりの深いもの、あるいは自然現象など人間の力の及ばないものの多くを「カムイ」として敬いました。この「カムイ」というアイヌ語は、日本語では「神」や「仏」などと訳されることが多いようですが、「神」などの日本語と必ずしも意味が一致するものではありません。

知里幸恵の美しい〈ことば〉の世界にひたる

知里幸恵 銀のしずく記念館

知里幸恵(1903-1922)は、アイヌで初めてアイヌの物語を文字化した『アイヌ神謡集』の著者として知られています。その功績が高く評価されるとともに、「その昔この広い北海道は、私たちの先祖の自由の天地でありました」に始まり、「今の私たちの中からも、いつかは……進みゆく世と歩をならべる日も、やがては来ましょう」などの言葉に続く『アイヌ神謡集』の序文から感銘を受けたという人もたくさんいます。

2010年、知里幸恵が生まれ幼少期を過ごした場所に2500名以上の方々の募金によって「知里幸恵銀のしずく記念館」が開館しました。「銀のしずく」は、『アイヌ神謡集』に収められたフクロウのカムイの物語にある「銀の滴降る降るまはりに、金の滴降る降るまはりに」という一節からとったものです。毎年6月には知里幸恵の誕生月に合わせてコンサートを開かれています。またアイヌ文化講座なども行っています。

散文説話

知里真志保『アイヌ民譚集』

知里真志保『アイヌ民譚集』(岩波文庫)

散文説話はウエペケ、トゥイタなどと呼ばれ、日常の会話に近いような語り口、あるいはそれよりもやや単調に聞こえる口調や、逆にやや大きく抑揚をつけたりする口調などで語られます。

物語には十分前後で語り終える短いものもあれば、数時間に及ぶ長いものもあります。

物語の内容は、主人公もあらすじもバラエティーに富んでいます。
人間が主人公で、自分の体験したことやカムイとの関わりなどを物語るもの、カムイが自分の体験などを物語る、内容としては神謡に近いもの、英雄叙事詩と同じような、人間にはない力を持った少年を主人公とする内容の物語などがあります。
人間が主人公になる物語は、主人公がさまざまな苦労をしたり危機におちいったりしながらも、最後は、よい心がけの主人公は幸せな結末を迎え、悪者や悪いカムイは懲らしめられる、といったかたちで、社会でいきていく上での心がけを伝えるようなものが多いとされます。

自分たちが住んでいる土地での出来事や、直接の先祖が体験したことを大切な事柄として伝える物語も、散文説話と同じようにして語られます。
散文説話の中に「ペナンペ」と「パナンペ」を主人公とした、隣に住んでいる者が成功して裕福になったのを真似して失敗してしまうという内容の物語があります。この本はこの種類の散文説話を中心に集めたもので、ローマ字表記のアイヌ語原文と日本語訳を載せています。

アイヌ口頭文芸の音声や映像を実際に視聴することができる施設

北海道内

北海道立アイヌ総合センター

常設展示室に隣接して、図書情報室や保存実習室があります。特に希望する方は「アイヌ民族文化祭(北海道ウタリ協会主催)」で記録した口頭文芸の映像などを図書情報室で視聴することができます。事前に連絡が必要です。

平取町立二風谷アイヌ文化博物館

展示ゾーンの一つである「カムイ」というコーナーで、平取町に伝わっていたアイヌ口頭文芸のいくつかを視聴できます。

萱野茂二風谷アイヌ文化資料館

館内で萱野茂元館長著作のCDなどを聴くことができます。

帯広百年記念館アイヌ文化情報センター「リウカ」

アイヌ民族の伝統的な文化や歴史について、本やビデオ、音声資料などを使って学ぶことができる文化情報センターです。

一般財団法人アイヌ民族博物館

毎月第2・第4土曜日(14:45頃から)チセの中、囲炉裏の前で、アイヌの口頭文芸オルペ アヌ ローの実演を行っています。

札幌市アイヌ文化交流センター(サッポロピリカコタン)

昔話デジタル紙芝居のコーナーで、アイヌ民族の昔話を見ることができます。音声や字幕を日本語版、アイヌ語版で楽しむことができます。

北海道博物館

  • 住所札幌市厚別区厚別町小野幌53-2
  • 電話011-898-0466(総合案内)/011-898-0500(行事のお申し込み専用)
  • リンク北海道博物館

北海道外

アイヌ文化交流センター

アイヌの口承文芸に関する図書の閲覧や映像等の視聴ができます。また、毎月第3金曜日の19時から20時30分まで一般の方々向けの公開講座「キロロアン」を開催しています。

国立歴史民俗博物館

第5展示室に設置されたビデオ機器と、ビデオボックスというコーナーとで、主に千歳市で伝承されていた神謡2編といくつかの歌を試聴できます。

国立民族学博物館

世界の民族文化の映像記録を視聴でき、その中にアイヌ文化に関して約30点のプログラムが含まれています。口頭文芸については「八重九朗のサコペ」、「樺太アイヌの昔話」と「イフンケ」など4点があります。


※さらに詳しい内容は、「北海道博物館」のホームページに掲載している「アイヌ文化紹介冊子 ポン カンピソ」でご覧いただけます。

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